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2009年早春の旅18(リスボン) [2009春オペラと美術で世界一周]

3/21(土)

今日からいよいよ私の苦手な団体行動が始まります。それなのに何故ツアー?と思われるかも知れませんね。理由はいろいろありますが、昨年と同様に10日程度のツアーを組み入れたのは長旅をすべて一人旅ではやはり寂しいこと。荷物の多い私には今回のような周遊プランはかなり厳しくなってきたこと。そして肝心なことは、2001年から受講してきたロマネスク講座のI先生同行の旅に興味がありました。今回はひとりでは無理なポルトガルの片田舎の小教会訪問が含まれています。そのような訳で、参加させていただきました。参加者21名はほとんどが東京または札幌の講座の生徒で、毎回のように参加されてらっしゃるベテランの方も多く、ロマネスクの知識もかなりなレベルとお見受けしました。

[バス]Lisboa-Torre de Belem-Mosterio dos Jeronimos-[レストラン]-M.N.de Arte Antiga-Se-Alfama-Lisboa

さて、初日はリスボン市内の見学です。滞在中のポルトガルの気候は朝晩の気温は5度くらいですが、最高気温は25度くらいまで上がります。

発見のモニュメント   エンリケ航海王子の没後500回年を記念して1960年に造られたモニュメント。高さ52m、帆船をモチーフとして、大海に乗り出す勇壮なカラベラ船を手に先頭に立つエンリケ航海王子。そのあとにこの時代に活躍した宣教師ザビエル、航海者のガマ、作家のカモンイスなどが並んでいます。

↓正面から見ると十字架の形

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マラソン大会の前日の催し?

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べレンの塔   マヌエル1世の命により16世紀の初めに建てられた要塞。4層からなる方形の塔とテラスからなり、ロマネスク、ゴシック、マヌエルの3つの様式をたくみに組み合わせた魅力的な建築。

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ジェロニモス修道院  エンリケ航海王子が建てた礼拝堂の跡地にマヌエル1世が1502年に着工。異国情緒あふれるマヌエル様式の壮麗な建物はポルトガルの黄金時代の象徴。

南扉口/中央柱にエンリケ航海王子の像、タンパンは聖ジェロニモス(ヒエロニムス)の物語

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サンタ・マリア教会/天井は星の形を描く細いリヴ、詩人カモンイスの記念墓

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回廊/上下2層からなる55m四方の大回廊、石灰石で彫られた繊細な、海への憧憬に満ちた装飾で埋め尽くされている

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ここで一息いれておやつにしましょう。ジェロニモ修道院の近くにあるお菓子屋パステイス・デ・ナタへ。

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ポルトガルで一番美味しいお菓子エッグ・タルトを売っています。さすが行列!

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早く食べたいよ~。まあまあ私が代表で並びますとメンバーの優しい方が買ってくださいました。味はもちろん花丸!!なにせ出来立てのお味ですから・・・でもランチの前なので1個で我慢しました。

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ランチはムール貝の前菜、ポーク、フルーツと素朴で家庭的なメニュー。このツアーはワインなどの飲み物代も含まれています。初めて参加の私はワインを注文して笑われました。(汗)ワインはもちろん地元産。

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国立古美術館   テージョ川を見下ろす高台に建つポルトガルを代表する美術館。カメラ不可。

ここに収蔵されているピエロ・デッラ・フランチェスカの「聖アウグストゥス」を見ることができたことが一番の幸せでした。これで、ピエロの作品はローマのサンタ・マリア・マッジョーレ教会の天井画を残し、ほぼ制覇したことになりました。

↓ ピエロ・デッラ・フランチェスカ「聖アウグスティヌス」(132×56.5)全身図のうちの部分。1454~69頃に制作。サン・セポルクロのサンタゴスティーノ聖堂のために描かれた多翼祭壇画の一部分。1947年にリスボンで発見された。中央の聖母子は失われ、両脇を構成していたほかの3枚はロンドン、NY、ミラノに分散している。ピエロらしい明るい色調、衣装の刺繍や司教杖の水晶の描写にフランドル絵画の影響がみられる。

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他にはボッシュの三連祭壇画「聖アントニウスの誘惑」、メムリンク、スルバラン、狩野派の南蛮屏風(↓絵葉書部分)、

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フランドル派の影響を受けたポルトガルの画家ヌーノ・ゴンサルヴェス「聖ヴィンセンテの衝立」(絵葉書部分)など。

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カテドラルSE   Se(セ)とはポルトガルでは大聖堂(司教座の意)のこと。 この地には西ゴート時代に司教座が設置され、その後イスラムの礼拝堂となり、1147年にキリスト教の勝利により現在の姿に再建された。工事は長くかかり、後陣は13世紀に入り、回廊は14世紀初頭になってようやく完成。

西正面/左右に双塔がそびえ、力強いロマネスクの構成。深いポーチと幾重ものヴシュールに囲まれた扉口。柱頭彫刻は「ライオンに跨って戦う男たち」や「聖ミカエルの龍退治」など。

Seを背景に電車が大きくカーブしながらが通ります。

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内部/6つの梁間からなる三廊式。フランス人の棟梁ロベールとベルナールが指導したため、簡素で端正な空間はノルマンディのロマネスクに似ている。左翼廊の近くに回廊への入り口。

回廊/シトー派的な簡潔なゴシック様式。小窓のデザインがそれぞれに美しい。保存のための屋根を設置するらしい。地下は掘り下げられている。調査中?

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アルファマ  カテドラルから数分歩くとリスボンの最も古い界隈アルファマ地区に着きます。西ゴート時代以来1755年の大地震までここがリスボンの中心地でした。大地震以降は都市計画から取り残され、庶民的な生活感ただよう地域になり、狭い路地が続いています。

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アルファマ地区の庶民的なレストラン

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そろそろ夕暮れ、寒くなってきました。ホテルに戻り、夕食は一休みしてからバスで海鮮レストランへ。レストランの入り口のショーウィンドウ。まるで魚屋の店先。素朴ですが素敵に見せるという発想はないのでしょうか?

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前菜サラダとイカの揚げ物など、鱒の塩焼き。ワインは白。ラベルにあるQuintaはブドウ畑の意味。ランチに続いて素朴というか手のかかっていない料理。都会のリスボンがこうだと田舎はどうなるのかしら?

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食後はファドを聴きにカーサ・ド・ファドへ。日本で言えば民謡か歌謡曲か・・・暗い情念のような溜息や叫びのような歌・・・苦手です。

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合流した初日に朝9時から夜10時過ぎまでの団体行動。大層疲れましたが、明朝は移動の日、トランクを整理して就寝。

 

 


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コメント 2

tina

発見のモニュメントを正面から見た写真ははじめて。さすがです。

先週、I先生の「ポルトガルとガリシアのロマネスク」一回目がありました。
白内障の手術が片目しか済んでいないので、休もうかと思ったのですが、夫が目をつぶっていてもいいから行こうと誘うので、行ったのですが結局しっかり見てしまいました。

ジェロニモス修道院の回廊が、回廊というものを意識した最初だったような気がします。あまりに装飾過多ですきになれませんでした。

ポルトガルはリスボンだけですが、いわしの塩焼きの付け合せの野菜がいけなかったのか、スペインに移動してからひどい下痢になやまされ、震えるほどの発熱であまりいい思い出がなくて残念です。
by tina (2009-04-19 13:50) 

alice

tinaさん

写真は旅の間は夢中で撮っていたので、少しずつ日記をアップしているうちこんなのもあったのかと思い出したり・・・。

リスボンは大きな港町で、思っていたほどの風情がなくて、私もあまり好きになれませんでした。

ロマネスクらしい教会が登場するのはこれからです。I先生の参加者用の説明書を読みながら(引用もさせていただいて)なんとか終わらせたいと思っています。


by alice (2009-04-19 16:28) 

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