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2011年夏の旅(1) 札幌~パリ [2011夏パリとフランス南西部最後はザルツの旅]

 今回の旅はボーヌのバロック音楽祭とモンペリエのラジオフランス音楽祭、ザルツブルク夏の音楽祭がメインです。それぞれ人気のある音楽祭なのでチケットは昨年のうちに購入していました。その音楽祭の合間を埋めるようにフランスのブルゴーニュや南西部のロマネスク聖堂をピックアップして回ります。

日程/パリ(1)~ボーヌ(1)~ソーリュー(1)~ヴェズレー(1)~ボーヌ(1)~アヴィニョン(1)~モンペリエ(3)~ナルボンヌ (1)~カルカッソンヌ(1)~トゥールーズ(3)~パリ(1)~ザルツブルク(3)~ウィーン(1)  19泊21日

↓MAP

 

7/19(火) 千歳9:15→仁川12:15/13:40→パリ18:20  

Pavillon Saint-Louis bastille Hotel 1泊(122€ 朝食込み)

 成田や関空経由でヨーロッパに飛ぶことがほとんどですが、今回初めて韓国の仁川を経由することになりました。コーリアン・エアー(大韓航空)に乗るのも初めてです。成田や関空経由のときは大抵は早朝8時前後の出発ですが、KEは9時過ぎです。朝弱い私は1時間でも得した気分だったのですが・・・これは第一の誤算でした。国内線と国際線ではチェックイン時間が違いますから・・・。アホな私(汗)

 さて、数日前に新装オープンしたばかり、ピカピカの千歳空港国際ターミナル。

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映画館や温泉施設、ドラえもんパークなども併設。ラーメン横丁もデラックスになりました。朝早いのでまだ開いてる店は少なくひっそりしていました。

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↓ 食べ物横丁 回転寿司の花まるも出店

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 国際便だからと,早めにチェックインしたのですが、荷物検査場は結局8時から始りました。コーヒー一杯で出かけてきましたので、空腹。KEのラウンジでおにぎり1個とお茶をいただいて搭乗。

定刻に出発してまもなくブランチがでました。ビビンバに梅酒。この梅酒は小さな瓶入りですが、なかに美味しい梅が一個入っています。チョーヤのこの製品は近くのスーパーで売っているのを見たことがないのですが・・・ビビンバの味は普通ですが、米飯がレトルトのパックそのままというのはいただけませんね~。

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 フライトアテンダントの女性は全員日本語ができます。化粧は少々けばいけれど(アイシャドーがラメ入り)美人さんばかりです。

千歳から離陸して間もなく、羊蹄山が遠くに見え青空が広がってきました。サービスなのか雲の上を飛ぶことはなく低空飛行。ビビンバを食べてお腹がいっぱいになり、その下界の美しい景色を愛でる間もなく睡眠。懸念された台風の影響もなく、定刻より早く2時間半で仁川空港に到着。

トランスファー標識に従ってパリ行きのゲートまで。あまり歩かなくて済む近さで、便利。千歳からの乗客は少ないうえに乗り換える人はほとんどいなくて私独り。ゲートでは当たり前ですが韓国人ばかりです。おなじような風貌のアジアンなのに、話す言葉は全然違うのが今更ながら面白く感じました。夏休みなので若い人、家族ずれが多く、パリへの旅に浮き立つ気分が伝わってきます。中高生は日本の場合受験もあって家族ずれってあまりないような気がしますが、沢山両親と一緒にきていました。

パリへの飛行機の離陸が1時間ほど遅れました。日本語の出来るアテンダントの説明によると、中国上空の飛行機が混んでいるため、許可が下りないとのことでした。3時ころに出発。機内食はJALにくらべると落ちますが、韓国らしくナムルが洋食にもついてきます。

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着陸前のリフレッシュメントはサラダと素麺スープ

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 着陸の後,荷物が出るまで時間がかかり、ホテル到着は9時近くになりました(タクシー代チップ含め55€)。昨年秋も宿泊したリヨン駅とバスチーユの中間にあるプチ・ホテルです。部屋は前のときより少し狭かったのですが、スーツケースは充分置ける広さです。Wi-FiはレセプションでID番号をもらい、フリー(フランスはどこもこの形式)

真夏の9時はまだ明るいので、散歩がてらTGVの切符引換にリヨン駅に行きました。6月ごろNETで予約したのですが、プリントアウトを忘れ、悪いことに出発数日前、突然プリンターが故障してしまって予約番号も不明です……おそるおそる構内の自販機の前へ。難なく支払ったときのクレジットカードでチケットがでてきてほっ!

帰りは雨がポツポツ降り始めたので、ホテル近くのイタリアンで軽く夜食。
白ワインと海老のフリット(16€)
お風呂に入って、12時頃時差ぼけ解消のための睡眠導入剤を半分飲んでベットヘ。


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2011年夏の旅(2) パリ~ボーヌ [2011夏パリとフランス南西部最後はザルツの旅]

7/20(水) パリ・リヨン駅10:28(TGV)→ディジョン12:05/12:18→ボーヌ12:45

Hotel Le Cep 1泊(174€/朝食別19€)

 パリのホテルの食堂は以前より明るくなって、椅子やテーブルも変えて、改装されていました。朝食の内容は変わっていませんが、パンやコーヒーなどの質が良くなりました。前回宿泊したときのBOOKING.COMのアンケートに朝食のことを×と書いたので・・・反映されたのかしら?コーンスープもあり、小さな子供が美味しそうに飲んでいました。

今回の部屋は今までで一番狭く、窓も小さく薄暗いし、エアコンの音が煩いのです。スイッチを止めても同じだったので、次回戻ってきた時は違う部屋にしてもらいたいな~。

9時半過ぎにチエックアウトして、徒歩数分のリヨン駅へ。13泊の荷物はやはり重い・・・雨が降らなくて幸いでした。ディジョン方面の乗り場はまだ工事中です。発車ホームが決まるのも20分前なので近くで待ち、早めに車内に入りました。1等は1ー2の配列で、ソロという一人掛けの席があります。この席をネットで予約しました(38€) ところどころに背中合わせの席の空間があり、そこに荷物を押し込めると安心便利です。これは早い者勝ちになるので、列車が入るとすぐ乗り込みゲット。

ディジョンでの乗換えは同じホームにシャロン・シュル・ソーヌ行きの列車が待っていました。ボーヌに停まるかどうか確認しようと隣の席にいたアジア系の女性に聞いたところ、日本人の若い女性でした。何とかシャンベルタンという有名なワイン農家で働いて5年になるそうです。重労働とのことですが、 日焼けした健康そうな笑顔の素敵な方でした。色々お話を伺いたかったのですが、次の駅で降りてしまいました。。。

 ボーヌの駅からは荷物があるので、タクシーでホテルヘ(1K)。Le Cepは11年振りです。初めてのロマネスク巡り一人旅の途中に寄って2泊。ここを基点にロマネ・コンテイの畑ツアーに参加したり、酒屋でワインの品定めをしたり、のんびり過ごした時の思い出の宿です。ボーヌ自体は3回目なので複雑な小径にはある程度慣れているはずですが・・・マップがないと確実に迷い子になってしまう、今回もマップをにらめっこして歩いたのに迷子になってしまった街です。

今回は見学しなかったオスピス・ド・ボーヌ。ボーヌ・バロック音楽祭の会場にもなっています。

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ホテルの部屋は狭いながら、以前も同じでしたがトイレが別になっている使いやすいバスルーム。明るく改装もされて、高級4☆。Wi-Fiもフリー。レセプションに日本人の若い女性がひとりいます。

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さて、荷物を部屋に置き、近隣の町シャロン・シュル・ソーヌChalon sur Saoneへ。宿からボーヌ駅まで歩いて20分はかかります。途中のカフェでサンドイッチを買い、列車の中で遅いランチ。このとき2時半過ぎでした。ボーヌ14:46→シャロン・シュル・ソーヌ15:08 (往復11.10eur)               
ムルソーなどコートドールの著名なワインの産地の名前のついた駅をいくつか過ぎるとシャロン・シュル・ソーヌに到着。この町の地図をプリントアウトできなかったので、下調べをした時のことを思い出しながら、旧市街を目指して歩きました。

ここも複雑な小路が続くので私にカテドラルはどこ?と聞かれた人もいい迷惑だったでしょう。全く説明の仕様がないから。。。。
↓ 何とか狭い通りの向こうにカテドラルが見えてきました。

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そのサン・ヴィンセント広場には露店と多勢な人々でごった返していました。夏祭りの催し物も開かれTVカメラも・・・そのため教会は閉まっていました。

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Ancienne Cathedrale St-Vincent  

現在のカテドラルは1080年から16世紀の建築。ロマネスクとゴシック様式。ファサードは18世紀終わりのフランス革命のとき破壊され1822年にネオ・ゴシックスタイルに改築されました。司教館と回廊もあリ、教会から入れるようですが、この日は見学不可。

↓ カテドラル裏側と司教館

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↓ 聖堂の周りの家々は木組みの民家が多く、中世の趣きのある広場です。

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帰り道はサロン・ド・テに寄り休憩。ワッフルとハーブティ。
しばらく履いていなかったサンダルが左足の外反母趾に当たって痛いので、往復4キロ近い道程はきつかったです。旧市街を回るミニバスが駅前からでているのに気がついたのは駅に戻ってからでした。

↓ シャロン・シュル・ソーヌ駅。右のバス停からミニバスがでます。

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予定より30分早い17:15の汽車に乗ってボーヌ(17:50)に戻りました。駅からホテルに戻る途中、ノートル・ダム教会が見えたので、ついでに立ち寄り見学。

Collegiale Notre-Dame  クリュニーの娘寺院として1120年に創設。オータンのサン・ラザール教会から大きな着想を得ています。その後の相次ぐ改築もありましたが、ブルゴーニュ・ロマネスクの美しい例として残っています。

↓ 11年前と同じ姿で迎えてくれた後陣外観。鐘楼の屋根の上のランターンは16世紀。

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↓ 高さのあるアーケード、三身廊。天井の横断アーチと複合柱がロマネスク。柱頭彫刻はアカンサスなどの植物文様がほとんど。

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↓ ノアの箱舟?

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↓ 回廊も一部しか残っていません。

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↓  大きなポーチは14世紀の建築。ファサードを飾っていた彫刻はフランス革命のときに破壊され
ました。

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宿の近くのレストランが11年前良かったので、予約に寄ってみたのですが、お一人は。。。と断られてしまいました。仕方がないので、ホテルのレセプションに頼んで、ホテルと同じ建物内のレストランを1時間後に予約してもらいました。

以前はホテルから直接入れるレストランでした。美味しかったのですがかなり高かったので、明日のこともありますし、カジュアルなのが良かったのに。。。と反省しつつ着替えて、レセプションの人に案内されて入店。そして初めて気がつきました。経営が変わってなんと!ロワゾーのボーヌ店になっていたのです。

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内装もサービスも洗練されているお店。それに壁面いっぱいに設けられたワイン棚は圧巻です。

↓ しかもグラスワイン用です。

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ムニュは皿数が多いのでステーキをはずしてもらえる?と聞くと、快く対応してもらえました。ワインはアプリティフ、グラスで白1赤2、12~16ユーロでコート、ド、ボーヌのニュイ、サンジョルジョ、ムルソーなどのプルミエクラスが飲めて、さすが!。

しかし、お料理はイマイチ。。。ここはあくまでもワインが主体というコンセプトのようです。

↓ 前菜のフォアグラ

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↓ ロブスターソースのクネル

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お勘定のとき、明日はソーリューのロワゾーに泊まるのよというと「楽しんできてね!」と嬉しそう~。ホテルで予約してもらわなければ、ここもテーブルは取れなかったでしょう。満席でした。酔ってふらふらになっても隣がホテルというのが何といっても心強く、飲み過ぎました。
胃薬を飲み就寝。


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2011年夏の旅(3) ボーヌ~オータン~ソーリュ [2011夏パリとフランス南西部最後はザルツの旅]

7/21(木)ボーヌ11:53→オータン12:40/16:40→ソーリュー17:32

Relais Bernard Loiseau 1泊 255€(朝食別20€)

 朝は7時半に起床。9時近く地下の朝食室で朝御飯。生のオレンジから絞るジュースは好きなだけ飲めて、最高に美味しく。果物やハム類も豊富で、さすがにリッチなプチ・ディジョネです。

↓ オレンジを上から投入するだけでOK。簡単便利なこのマシーンですが、ここでしか見かけなかった。

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お腹いっぱい食べたので、この後は夕食までランチ抜きで済ませました。のんびり部屋で過ごした後11時にチェックアウトし、2泊分の荷物以外はホテルに預けて、雨が降っていたのでタクシーで駅へ。

ボーヌからchagnonまで列車、そしてバスに乗り換えてオータンへ。↓ バスからの眺め

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オータンの駅には荷物預りもありません。2泊と言えども荷物を持って坂を上るのは無理です。そこで困った時のカフェ頼み・・・駅前の竃マークのホテルのカフェで頼んでみました。親切なマダムが奥のプライベートと書かれた部屋に案内してくれて、ここに置いて行って良いわと預かってくれました。本当に助かりました。

カテドラルまで坂道を20分ほど登るとサン・ラザール大聖堂が見えてきました。11年前の春の情景が蘇ってきました。季節の違いでしょうか、以前より華やかな感じがします。

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↓ 教会前のクレープリーも健在でした。

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Cathedrales Saint lazare  名前の由来になっているサン・ラザール(マグダラのマリアの兄弟)の遺骨を10世紀には持っていたオータンの教会としてはヴェズレーとの関係もあり、この名前で巡礼地として売り出すことになりました。1142年に完成した教会は内部の身廊から内陣にかけて残っています。外観はほとんどが15世紀に改造、付加されたもの。玄関部分の塔は19世紀の再建。

↓ 西正面玄関廊、ファサードはすっかり洗浄、修復されて見違えるようです

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↓ 「最後の審判」 中央キリストの左の地獄の空間

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↓ キリストの右は天国へ赴く義人や罪なき子供たち。「ギスレベルトゥスこれを造れり」の銘文(ラテン語)がタンパンとラントーの間に刻まれています。

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↓ ラントー左の天使 義人と罪人とを分けているようです。P1040010.JPG

↓ 最後の刻を知らせる角笛を吹く天使。

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↓ 内部は薄暗い空間。尖頭アーチの大アーケードを持つ三層の壁面。縦溝付きの柱がすっきりした印象。主身廊に面した柱頭には彫刻が刻まれていないのが特色。

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↓ 北扉口

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↓ 「ノアの箱舟」

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↓ 「炉のなかのヘブライ三青年」

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↓ 鐘(楽器)を奏でる人々。担いでる青年の衣装の裾にも鐘が・・・歩くたびにちりんちりん?と音がしたのでしょうね~♪

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↓ 「ノリ・メ・タンゲレ」この彫刻家の衣装の表現の巧みなこと!足を置く枕のような台といい丁寧な仕事ぶりが際立ちます。

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南翼廊の参事室(11年前ここは小さなショップで絵葉書など売っていた)から螺旋階段を上ると、↓展示室

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↓ 「バラムの驢馬」 破壊を受けた穴が痛々しい。西正面の右側柱トップのものはこれのコピーです。右手だけ見える天使は今何処に?

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↓ 「眠るマギへの夢のお告げ」

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↓ 「エジプトへの逃避」

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↓ 「ユダの首吊り」

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↓「三頭の怪鳥」 これも身廊内のものはコピーです

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すでに昼もとうに過ぎていましたが朝御飯をたっぷりいただいたので、お腹も空きません。豪華夕食も待っていますし・・・。ここへ再び訪れることができて幸せな想いで胸がいっぱいでした。あちこち見学と撮影に夢中でした。オータンでは初めて三脚を使用してみました。軽量タイプなので一眼レフには無理とビックカメラの店員さんに言われたのですが、これ以上重い三脚は持参不可能です。脚がやや不安定ながらひっくり返ることもなく、支えながらなんとか使用できました。

↓ いったん外に出てから

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すぐ目の前のロラン美術館へ。ここも再訪なので勝手知ったるなんとやら、ロマネスク彫刻部門にまっしぐら~

↓ 美しき誘惑の「オータンのエヴァ」

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↓ パネルでは「聖母マリアの被昇天?」となっていましたが、「マグダラのマリアの昇天」の説もあります。

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↓ 大聖堂を名残惜しく振り返りながら、坂道を駅まで降りていきました

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荷物を預かってもらったカフェで休憩し、駅前のバス停から↓ミニバスに乗ってソーリュへ。11年前とは逆のコースです。乗客は二人・・・。

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ホテルの近くで降車しました。チェックインのときお部屋はアップグレードしましたとのことで、ラッキー!

↓ 天井の梁など木製、広い玄関間が別にあり

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↓ シャワー室があり

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↓ バルコニーからの眺め

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↓ 夕食をとったレストラン。 7:30の予約でまだ明るく、テーブルも空いていましたが、そのうち満席になりました。一人客は私のほかにシニアの男性がいました。

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↓ まず食前酒とアミューズ。 ムニュは3☆20周年記念コースをオーダーしました。ワインは白と赤を1杯ずつ。お料理はボーヌより値段も倍以上と高いので、当然美味でしたが、ワインはほぼ同じ値段ですが、ボーヌのほうが品揃えも豊富で味も極上でした。

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ほとんど残さずに美味しくいただきましたが・・・↓デザートは半分だけでギブアップ

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↓ 記念撮影

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再訪ながらフランス・ロマネスクの王道とも言えるブルゴーニュの名教会のオータンを訪れ、名料理宿で美酒美食の究極な一日・・・でした。

バロック音楽祭が目当てでボーヌまで来て、オータン、ソーリュー、ヴェズレーの3箇所を素通りすることは出来ません。それでかなりハードなスケジュールになりました。ソーリューに着いたのは夕方になってしまいました。バジリカがクローズする時間も迫っていましたので、明日見学することにしました。
この日は朝夕は雨、昼間は晴れてやや暑いくらいの陽気でした。ブルゴーニュ滞在の数日は20~25度/10~15度と涼しい夏でした。


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2011年夏の旅(4-1) ソーリュー~ヴェズレー [2011夏パリとフランス南西部最後はザルツの旅]

7/22(金)ソーリュー13:00→ヴェズレー13:45(タクシー約90€)

Hotel De La Post&Du Lion D'or 1泊 122€(朝食別12€)

 予定では朝のバスで、スミュール・アン・ノーソワを経由してアヴァヨンそしてヴェズレーに入るつもりでした。しかし昨日はバスの到着が夕方で、教会の見学時間がとれませんでした。それで午前中にバジリカを見学の後、タクシーで直接ヴェズレーに向かうことに変更しました。

ここの朝御飯は期待していたのですが、20€もするのにあまり。。。ボーヌのルセップの方がず~っと美味しいです。がっかり~。昨夜の食べ過ぎ飲みすぎの方も多いのでしょう。広い朝食室は私ひとりでした。

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↓ ホテルの前からバジリカの鐘塔が見えます

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 荷物をまとめて部屋に残し、オープンが10時の教会へ。11年前来たときは閉まっていて入れなかったので、念願のサン・タンドーッシュ見学でした。昨日に続き素晴らしい柱頭彫刻の数々を堪能しました。

Basilique St-Andoche   8世紀創設の修道院が荒廃したのち、跡地に12世紀の初め、ヴェズレーの聖堂より後に再建された教会。百年戦争での破壊があり、改築された部分が大きい。2世紀の殉教聖人アンドーッシュたちを奉っている。

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↓ 広場に面したバジリカの正面。タンパンは後世のもの。

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↓ 内部は三身廊、後陣は18世紀

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↓ 身廊壁面は三層

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↓ 聖堂前の広場は花や野菜の市が店開き

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ここでの見所はオータンの影響を受けたといわれる内部の柱頭彫刻の数々です。テーマも似たものが多いので、お好きな方は前日のオータンと見比べてみてください。

↓「バラムの驢馬」 素朴なオータンのものに比べるとかなりな技巧を駆使しています。空間を埋める植物文様がデコラティブ。その分冠板が角型で統一され、模様があってもシンプル。

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↓ 「キリストの誘惑」

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↓ 「エジプトへの逃避」 空間を埋める木の葉がカールしていますね

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↓ 男女と鳥・・・姦淫の戒めでしょうか?闘鶏のようにも見えますが・・・

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↓ 「ユダの首吊り」

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↓ 「ノリ・メ・タンゲレ」

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↓ 植物文様はオリジナリティがあり、キュートなデザイン。

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↓ 「グロテスクなアカンサス」ゴシックのカーゴイルの先駆け?

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ついでに隣接の美術館Musee municipal Francois-Pomponにも入ってみました。

↓2階の展示室から

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初期キリスト教時代とみられる墓標や中世の豪華な表紙(象牙の浮彫)の↓写本(シャルルマーニュのミサ書)など。ロマネスクのものはほとんどありません。

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 一旦ホテルに戻り、タクシーを頼みましたが、丁度昼休みの時間だったので1時まで待って欲しいというのです。こういうところがやはりフランスらしいと思うところです。タクシーがくるまでお部屋を使えたのは良かったです。

↓ ヴェズレーの遠景

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↓ ヴェズレーの宿は丘の麓にあり、3階の部屋からサントマドレーヌの鐘塔が望めました。

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まだお部屋の準備が出来ていません。荷物を預けて早速坂道を登って教会を目指しました。

↓ 丘の登り口

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遅くなった昼食は途中のパン屋さんでキッシュを買い

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↓ 11年前同じ場所で写真を撮っていますが、違いは人の数が多いだけで変わらない風景です

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↓ 裏の展望台のベンチで、キッシュを食べていると、教会関係の遠足でしょうか?シスターたちが食べたり飲んだり・・・そのうち雨が降り出してきました。

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この後すぐ美術館に入れば良かったのですが、突然の雨に気がせいて教会の方に入ってしまいました。。。それが裏目にでてしまって、大失敗。

Basillique Sainte Marie Madelaine    9世紀中頃に創設されましたが、その後の焼失により11世紀にマグダラの遺骨がもたらされ、一躍有名になリ、サンティアゴ巡礼地の起点にもなり最盛期を迎えました。その後は他の教会と同様の歴史に翻弄されながらも、ここまで生き延びてきました。12世紀初めに建てられた聖堂が基本的に現在も残っています。

↓ ナルテックスのタンパンは補強のため、鉄骨のようなもので支えられています。保存のため必要とは思いながらも、初めてここに立ったときの感動は・・・半減です。

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それでも観ているうちにオータンもソーリュも素晴らしかったけれど、ここのはまた格別と眼もぎらついてきました(笑)今日はキリスト教の祝日なのかしら? かなり大規模な ミサが行われていて、柱頭彫刻の撮影の後半は気兼ねしながら。。。

↓ナルテックスのタンパン「聖霊降臨」図

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↓ 内側アーチを飾る上半身が2つの異邦の民 。円環を細かく見ていると目が回ってきますので、ここは適当に切り上げ

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以前は良く観ていなかった南北扉口タンパンの鑑賞に移ります。

↓ 南口は「キリストの幼児伝」(以前はここからは出入りできなかったのですが)はタンパンの下には木枠で補強し出入り可能になりました。

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↓  この木枠が邪魔ですが、とても気に入った「角笛を持つ天使」

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↓ 北扉口は「キリストの昇天とエマオの巡礼」などのエピソードが刻まれています。

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↓ 南側柱トップの角笛を持つ天使に呼応して、鐘の楽器を担ぐ人?

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広いナルテックスにはまだまだ見所はありますが、それは明日に回し内部に入ります。続く

 

 

 

 

 

 

 


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2011年夏の旅(4-2) ソーリュー~ヴェズレー [2011夏パリとフランス南西部最後はザルツの旅]

続きです

さて、身廊に入りました。↓ 北側廊から内陣へ

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↓ ずらりと並ぶ柱頭彫刻。100もあるそうですが、わくわくする胸の高まりを抑えつつ・・・

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ヴェズレーの柱頭彫刻は旧約、新約をはじめ聖者伝やギリシア神話、寓話など多彩な図像で埋められています。ひとつの柱頭に3面が彫られていますから、これをじっくり観察して、写真も構図や明暗など考えて撮るためには数日は滞在する必要があるでしょう。単なるツーリストの私では逆立ちしても鑑賞に堪えうる写真を撮るのは難しいとつくづく感じました。

↓  「神秘の粉挽き」旧約から新約への転換を題材とした意味深いアレゴリー

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↓ 「悪しき金持ちの死」 悪しき金持ちの魂は2匹の悪魔によって引き裂かれていく。寝台の下の金袋に蛇が・・・

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↓ 「ダヴィデとゴリアテ」 石が右のゴリアテの額に彫られています

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↓ 「4つの風」

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↓ 「聖ベネディクトが子供を蘇らせる」 下に包まれているのが子供の亡骸

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↓ 「モーゼと金の牛」悪魔の逆立つ髪と表情が怖くも可笑しい

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↓ 「Saint Eustaceの回心」シンボリックな図像。暗いところから明るいほうへ進む聖人の描写。翻るマント、角笛、馬、綱の先の小動物、立体的な躍動感が素晴らしい。P1040150.JPG

聖人伝のなかに同じ主題のものが2つ

↓ ナルテックスにある。「食べ物を分け合う隠修道士聖パウロと聖アントニオ」両方ともパンを等分に分けています。

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↓ 北身廊内陣近くの「食べ物を分け合う聖パウロと聖アントニオ」

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↓ 「ノアの箱舟」高いところにあるので、構図がゆがんでしまいました。

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2時間近くかけて鑑賞し、写真も高いところのも頑張って撮ったのですが・・・体力が限界になりました。ぼーっとなって丘を下りホテルへ帰りました。エレベーターはありませんが。

↓ ホテルの部屋 窓が2箇所あり、明るく広いスペース。バスルームとトイレは別になっています。

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↓ 部屋からの眺め

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夕食はホテルのレストランで。3皿のムニュ

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夜になり教会の裏で花火大会があり、遅くまで賑やか・・・そして深夜にようやく静かになり眠りにつきましたが・・・

疲労のためでしょうか、滅多にならない金縛りに遭ってしまいました。ドアのがしゃんとなる音に続いて、黒い悪魔?が入ってきたのですが、動けず、声も出せず息も止まりそうになったのです。「苦しい~!」と叫びそうになったとき、目が覚めました。ヴェズレーの柱頭で踊っていた悪魔たちの仕業でしょうか(笑)また、このホテルのがっちりベットメーキングのせいで、毛布がきつかったのも原因だとは思いますが・・・悪夢。

 


 


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2011年夏の旅(5)  ヴェズレー~アヴァヨン~ボーヌ [2011夏パリとフランス南西部最後はザルツの旅]

7/23(土) ヴェズレー12:00~アヴァヨン12:30/14:50~モンバール15:38~デジョン16:16/16:33~ボーヌ16:52 

Hotel Le Cep   1泊(174€/朝食19€) 

昨夜は悪夢のおかげで、眠れなくなってしまいました。結局、睡眠導入剤を半分飲んで寝付きました。朝は8時に起床し、朝食のあとはまた丘の上のラ・マドレーヌを目指しました。

↓ 霧の立ち込める朝のヴェズレー

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↓ 教会の周りをぐるりと回ってみました。北側面外観

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昨夜の催しのための椅子が階段状に並んでいました。階段の上から後陣をパチリ。ゴミが・・・。

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南側に回りますと、MUSEEの旗が見えます。その先がMusee Lapidaireの入り口なのですが、今日は午後3時からのオープンとの張り紙が・・・。昨夕は疲れてぼーっとして開館時間を確かめなかったのが、失敗の元。再訪することはもうないでしょうから、本当に残念でした。

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↓ 初めのドアをくぐって左の階段の上が美術館です。

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がっくりしながら、まだまだ見残しているマドレーヌ教会に入りました。

↓ 朝の光が明るく差し込む堂内。

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↓ 「ガニュメデスの誘拐」 ギリシア神話のテーマは少年愛を含んでいます。修道院のなかでの同性愛を禁じるためのものとの説があり、他にもいくつか見られました。

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↓ 例えば中央では天使が悪魔を懲らしめている柱頭彫刻には

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↓ 右の側面にはふたりの修道士。いかにもと思わされる素振りがもの哀しい・・・

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↓ 左は危ない雰囲気の男女・・・禁じられた愛欲を戒めた題材ですね。

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↓ こちらの聖ブノア(ベネディクト)は誘惑に負けませんよ。

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↓ 「聖ペテロと聖パウロが真ん中の異教者の改宗のために祈っている」

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↓ 左側面には異教の女を連れてきた男

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↓ 悪魔と結託する悪い王?(部分)足のひづめと近寄る蛇が邪悪さを表わしている

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↓ 動物系もかなり奇怪

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瞬く間に時間は過ぎて、バスの時間です。ホテルに戻りました。

↓ 坂道の可愛いショップ

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ホテルをチェックアウトして、目の前のバス停からミニバスに乗って、アヴァヨンまで。乗車30分ほどですが4€。観光案内も兼ねた夏限定のバスでした。でも乗客は私独り。小さな村から森の細い道に入っていきます。このあたりはモルヴァンという緑豊かな山地なのです。森の中の小川の畔に小ぶりで瀟洒なオーベルジュが何軒かぽつぽつ建っています。写真には撮れませんでしたが、うっとりするほど美しい風景でした。

↓ アヴァヨン近く

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↓ アヴァヨンの街も丘の上?

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運転手さんが親切な方でアヴァヨンの駅についたので、旧市街に行きたいと言うと、そのまま廻ってくれました。しかし、この日は週末のバザールのため歩行者天国になっています。ここを真っ直ぐ行けば古い教会があるというので、重い荷物を抱えキャリーバックを転がしながら1キロくらいは歩きました。旧市街の石畳はかなりハードでした。

↓ようやく時計塔が見えてきました。

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ここを潜るとロマネスクの扉の残る教会が建っています。インフォも向側に見えました。

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 Eglise Saint-Lazare  4世紀に創設されたという古い歴史を持っていますが、一部11世紀終わりのものが残っています。2つの扉口が見所。触ればぽろっと崩れ落ちそうな傷み加減です。

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↓ さまざまな装飾の柱が華麗な在りし日の栄光を物語っています。

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↓ これはサロメの宙返りダンスでしょうか?

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すでに1時を過ぎ空腹です。時計塔の傍のピザ屋でランチ。外から窯で焼いているのが見えたので。。。予想どおり美味しいお店でした。

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食事が終わりタクシーを頼みましたが、今日は混んでいて空いたタクシーは無いとのこと。しかし、荷物を持って駅まで歩くのはとうてい無理です。困り果てて教会前のインフォに入り、また同じようにタクシーを頼んでみました。ここは親切でした。何度もあちこち電話をしてくれました。20分後ならというのでOK!結局30分後でしたが、係の女性はとても親切で、車の音がすると外まで見に行ってくれたりして、ありがたく思いました。

 予定変更してモンバールまでタクシー移動71ユーロ。ディジョン経由でボーヌに戻りました。
ボーヌにつくと土砂降りの雨。タクシーが居たので助かりました。ホテルに着き、玄関を入ったら、ロビーでツール・ド・フランスの観戦中の人達が多勢騒いでいます。この日がマイヨジョーヌが最終的に決った大事なレースだったのです。それを横目でみながら。。。あれれ?
観たことあるような人たち。。。。MDLGかな~レセプションから鍵をもらって部屋へ。

Operaの始まるのは9時なのでルームサービスで熱いお湯をもらって、サンドイッチとカップ拉麺という変な組み合わせの夕食。8時まで仮眠のあと、今日は雨なので、オスピス中庭ではなくカテドラルでのコンサートになりました。どちらにしてもホテルからは極近くです。雨は上がったものの戸外では寒いので、教会のほうが良かったです。

↓9時少し前でもこの明るさです。

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15分前にホテルを出ましたが、まだ中には入れず人が多勢。そのなかに見た顔が、ローラン・ナウリでした。目があってつい会釈・・・当然彼は怪訝そう~。パリで震災のチャリティーコンサートをしてくれたのを思い出してつい(笑)せめて感謝の言葉をかけたいと思いましたが・・・そのうち出番で教会のなかに入ってしまいました。5分前くらいに観客も中へ。

↓ 開演前

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Beaune Festival international d'Opera baroque
『Così fan tutte』 Tarif 85€

CHOEUR AEDES (dir. Mathieu Romano)
ORCHESTRE LES MUSICIENS DU LOUVRE-GRENOBLE
Direction musicale : MARC MINKOWSKI

Fiordiligi :Julia Lezhneva, soprano
Dorabella :Gaëlle Arquez, mezzo-soprano
Ferrando  :Sébastien Droy, ténor
Guglielmo :Benoit Arnould, baryton
Despina  :Eugénie Warnier, soprano
Don Alfonso :Laurent Naouri, baryton

30e Anniversaire de la création des Musiciens du Louvre
coproduction Musiciens du Louvre-Grenoble, Festival en Ré Majeure

Samedi 23 juillet - 21 h . la Basilique.


今回のコンサートはミンコの指揮もさることながら、話題のソプラノユリアちゃんを生で聴きたいと思ったからなのです。ただ、彼女の初CDはミンコの指揮が素晴らしいのが突出して、歌唱はやや期待薄でした。でも生はやはり違います。フォルデリージの揺れ動く娘心をかなりの深い役柄解釈を自分のものにした表現は素晴らしかったです。美しい声が教会内に心地よく響き大喝采でした。

メゾのGaëlle Arquezもユリアちゃんに引っ張られる感じで、次第に堅さも取れてきて大健闘でした。

テノールのSébastien Droyは柔らかな美声での甘いアリア「アモローゾ~」にはうっとりでした。グリエルモのバリトンがやや劣っていたのが残念でしたが、コンサート形式とは言え、衣装も変えたりで楽しく見ることができました。後からメンバーに聞いたところによると、ナウリが演技指導と衣装など担当したとのことでした。

元はロマネスク期に建てられた教会ですが、現在はゴシック様式が主になっています。さほど大きな教会ではないのですが、椅子が隙間なく並べられ、かなり窮屈。席は前から数列目の中央。ザルツブルグに比べると予算の関係?とかで、オーケストラは小規模な編成になったようですが、音響が良いので充分でした。

ミンコのモーツアルトは6年前のミトリダーテ以来?、若い歌手たちの頑張りにナウリのよく響くユーモアな表情豊かなバリトンなど、素晴らしいモーツアルトを楽しめた演奏でした。

↓ カーテンコール

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休憩のときはホテルのトイレに戻っても余裕の近さ。この夜の宿泊客はかなり音楽祭目当ての方が多かったようです。エレベーターで一緒だった隣室の老婦人もおひとりでした。

お風呂で温まって就寝。


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2011年夏の旅(6)  ボーヌ~アヴィニョン [2011夏パリとフランス南西部最後はザルツの旅]

7/24(日) ボーヌ10:53→リヨン12:35/13:25→アヴィニョン14:30

Avignon Grand Hotel 1泊(165€/朝食別16€)


ホテル・ル・セップは地下の昔のカーブの朝食室のほかに、↓ロビーの裏側のテラスでも朝ごはんがいただけます。

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↓ ロビー

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朝食室にもロビーにもMDLGのメンバーらしき人は居ません。もうみなさんお帰り?
チェックアウトして駅までタクシー(7€)。アビニョン(リヨン乗り換え)まで南下する列車を待っていますと、ドヤドヤと楽器を背負った人達が駅舎に入ってきました。そのなかに日本人女性のバイオリニストさんの姿がありました。ようやくお会いできました~と声をかけ、少しの時間ですが、お話。彼女はル・セップとは別のホテルだったそうです。Bowlesさんやぷーいちのお知り合いなので、気軽にお話が出来ました。ボーヌにはケーキやパンの美味しいお店があり、沢山購入してきたとのこと。私はここへ来て1本もワインを買えなかったのが淋しいといいますと、ここで飲むしかないわね~と(あらら、見られちゃったかしら 笑)

昨夜のメゾの方もいらっしゃったのでツーショット。まあたまに良いでしょう。と自分に言い訳。

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残念ながらミンコとユリアチャンは一緒ではありませんでした。この後ザルツブルグでまた再会できますね!とパリに戻るメンバーさん達とお別れ。私のほうが早く出発するリヨン行きに乗り込みました。

乗り換えのリヨンでは車内ランチ用のサンドイッチを買い、それを食べながら車窓の風景を眺めているうちにAvignonTGV駅に到着。在来線駅までのバスがあり、それに乗って15分くらいでAvignonSNCF駅近くのホテルへ。終点ひとつ手前の駅で降りると良かったのですが、荷物を持っているので、300Mくらいでも辛い・・・そして暑い!


リヨンの駅でもすでに暑いと感じましたが、ここはさすがに南仏、太陽の光が眩しい~。早速部屋に入ってお洗濯。部屋は1階の中庭に面した広々したスィートタイプ。でも1泊だけ・・・。

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さて、早速初アビニョンの観光へ。レセプションで丘の上のヴィルヌーヴ・レザヴィニョンVilleneuve les Avignonまでのバスを聞いたのですが、乗り場がいまいち聴き取れず、見つからないのでタクシーを使いました。10€。

↓ アヴィニョン駅の前の城壁

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↓ Musee municipal Pierre-de-Luxembourg

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観どころの多いアヴィニョンでまずここをを訪れたのは、この美術館にあるカルトンの「聖母戴冠の祭壇画」が目的でした。グランドフロアの↓13世紀の聖母子像を観た後、係員の案内で上階へ。

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「NHK名画への旅」(北方ルネサンス1)のなかで特集されていたこの祭壇画を知ってからずいぶん年月が立ちました。アヴィニョン派のカルトンはルーブルのピエタでも知られています。この作品が発見されたのは1834年、当時の作家であり、歴史記念建造物局長官だったプロスペル・メリメによってでした。カルトンの作と認められたのは1889年、この地方の古文書館で発見された請負契約書によってでした。

↓ ガラスが反射するので、絵葉書です。絢爛豪華な色彩の天上世界に比べて、地上世界(ローマとエルサレム)と最後の審判を受ける死後の世界は小さく描かれています。

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↓ これは私の写真。上部左の大天使ミカエル

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↓ ここは女性の係員が一人でも付き添って案内してくれます。優しそうな娘さんなので念願の祭壇の前で写真をとってもらいました。

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名画鑑賞の後は近辺エリアの散策。夕涼みがてらの子供連れの家族がのんびり歩いています。

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喧騒の下のアヴィニョンの街とは別世界。↓ なんとか館の夏という看板を見て入ったのですが、あまりぱっとしないし、お城に登る元気もありません。日曜日でバスも極少ないので、美術館の前からタクシーでサン・べネゼ橋まで。

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アヴィニョンパスを美術館で購入していたので入場料4.5€を払い日本語のガイドホーンを借りて見学。階段を登ると小さな礼拝堂サン・ニコラがあります。

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↓ 橋の途切れるところから振り返ってアヴィニョンの街を撮影。

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とにかく南仏の有名な観光地とあって,狭い城壁の内部は大変な数の観光客でごった返して居ます。歩くのも疲れ(長く歩くとサンダルが外反母趾にあたって痛くなってくる)教皇庁宮殿の広場からプチトラン(7eur)で回りました。

↓ サン・べネゼ橋を見下ろす。橋の向こうの丘に先ほど訪れたヴィルヌーヴ・レザヴィニョンの街が見えます。


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↓ プチトランからカテドラルの塔

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↓ 城壁

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↓ 大道芸人や演劇祭の宣伝で人垣があちこちに・・・

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↓ そのなかを30分ほどとろとろ走り、教皇庁の広場に戻りました。

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↓ そろそろ夕食の時間です

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↓ 夕食はテアトル前の広場のカジュアルなレストランで。

前菜のトマトが肉厚な昔風の味、久しぶりにトマトらしいトマトを食べた気がしました。黒や黄色のトマトは初めて!

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↓ 2皿目のキングサーモンのグリルはいまいち。それにかなりな量。

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観光地にしてはサービスの感じも良く、一人でも淋しくない(笑)夕食でした。25の定食+ワイン、カフェで31.5

ここから1キロほどの距離にホテルがあります。お祭騒ぎのパフォーマンスの人垣をかきわけて、途中酔っ払いの喧嘩もあったり・・・ホテルに帰りました。

↓ 城壁の外。左にホテルの入ってる建物。9時半頃、ようやく陽が落ちてきました。

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今日も良く歩きました。足に湿布を貼り付けて就寝。


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2011年夏の旅(7) アヴィニョン~モンプリエ [2011夏パリとフランス南西部最後はザルツの旅]

7/25(月) アヴィニョン14:48→モンプリエ16:10

Newhotel du MIdi 3泊(130€×3 朝食別16€)

 モンプリエまでは1時間少々と近いので,夕方までアヴィニョンの観光をすることになっています。のんびり朝ご飯に行くと、日本人の可愛い女の子がぴょンぴょん飛び跳ねています。声をかけるとスエーデンの赴任先から旅行に来られているファミリーでした。女の子は孫の桜子より1歳下。のびのびとした仕草が可愛くて、思わず抱きしめたくなる変なおばあさん状態(汗)今頃孫たちはどうしているでしょうか?孫恋しや・・・(それならアメリカへ行けば良かったのにね)

これからレンタカーでニースに行き、北欧に戻るというファミリーとお別れして、10時頃チエックアウトし荷物を預け、教皇宮殿の近くにあるプチパレ美術館へ行きました。何年か前のリールで探しても見つからなかったcarlo crivelliの聖人の4作品があるというのをElmoさんの日記で知ったのは2,3年前だったと思います。同じ趣味の方たちとのNETでの情報は本当に有り難いです。

↓ 朝の街は既に賑やか、気温も29度

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↓ プティ・パレ美術館はひっそり

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↓ 内部はかなり広く、中世の彫刻の並んだ部屋から

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イタリア・ルネッサンスの作品が多く、ガッディの聖母子(上)やボッティチェリも・・・。

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いくつかの展示室を経てようやく発見。久しぶりに未見のカルロの鑑賞。小品で慎ましい。

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↓ そしてカルロの弟ビットーレの作品が何点かありました。兄の名声に隠れていますが、弟の優美可憐な聖母も捨て難い味があります。たいていは兄弟並んで展示されているので、多くの作品を観てきましたが、ファンが多いのも頷けます。しかも。ここの作品はかなり秀逸。

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ここの美術館ではカルロより、ビットーレのほうが人気が高いようで、絵葉書もビットレーだけ・・・。それはいいのですが、大事な絵画を見逃してしまいました。カルトンの初期の作品「ルカン祭壇画」。あ~あ。今回は1泊しか出来なかったので、アヴィニョン近辺のロマネスクもパスしていますから、もう一度来いってことかも・・・汗。

美術館を出て同じ広場に面した↓教皇庁宮殿の見学へ行きましたが、チケット売り場は行列です。諦めてカテドラルへ。ここも今日はコンサートで一般の見学はできません。

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すでに正午を回っています。テアトル広場の海鮮レストランでランチ。サラダとデザート。

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↓ 演劇祭のデモストレーションとパレード

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↓ ホテルに戻る途中の演劇祭会場のチケット売り場と出し物の案内。

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時間が余ったので、予定を早めて、モンプリエへ向かいました。途中で天候が急変し、到着したときは豪雨になりました。タクシーも拾えませんし、雨が小降りになるのを待って、徒歩でホテルへ。思っていたより近く数分の距離。音楽祭の会場までも、↓並木道を歩いて数分という便利なロケーションの宿。ロビーはあまり好きでないデザイナーズホテルタイプ。部屋は普通ですが、ここでようやく連泊できるのでほっとしました。夕方までホテルで休み音楽祭へ。雨が降ったせいでぐっと涼しくなった。モンプリエでは昼間は暑いけれど、朝夕は必ず雨が降りました。

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♪~Festival radiofrance Montpellier

Charles-Simon CATEL (1773-1830)
『Sémiramis』Opéra Berlioz / Le Corum - 20h00 シニアチケット29€
Version concert Création

Maria-Riccarda Wesseling, mezzo-soprano, Sémiramis
José Ferrero Mathias Vidal, ténor, Arzace
Sarah Pagin Gabrielle Philiponet, soprano, Azéma
Nicolas Courjal, basse, Assur
Andrew Foster Williams, basse, Oroès
Nicolas Maire, ténor, Cédar

Le Concert Spirituel
Direction Hervé Niquet

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今夜はニケによるあまり知られていないフランスの作曲家の作品。原作はロッシーニのセミラーミデと同じ。
予習しようにも音源もないので、コンサート形式でもあり、退屈するのではないか、悪くすると寝てしまうのではと懸念しましたが、筋が単純なこともあって、音楽も特別特徴があると言う訳ではないのですが、ニケの棒にかかるとあら不思議、かなり楽しめるオペラになりました。

歌手ではメゾソプラノのMaria-Riccarda Wesselingが断トツ素晴らしく、その表現力は他を圧するできで、差がありすぎた感も。Wesselingは何処かで聴いたはずですが、思い出せません。帰国後、プログラムをチェックしたところ、2008年のパリで『オルフェ』ピナ・ブーシュのバレエつきとの記載・・・私が観た日は残念ながらWesselingではありませんでした。ミンコウスキーとの仕事も多いようですね。

ニケは細くて小柄な方ですが、お洒落~素敵な臙脂色のジャケットをお召しでした。
あまり知られていない演目とあって、お客さんの入りは8割程度。
休憩を挟んで終演は11時ころ。ロッシーニのセミラーミデより短く、ストーリーもより簡潔な印象。

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帰りは夏の夜を楽しむ人々で賑わう広場で、軽くパスタ・カルボナーラを・・・塩から過ぎ。そのうちまた雨になり、目の前のホテルに走って帰りました。

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さて、明日はいよいよラングドック・ロマネスクの初体験です。楽しみ~。


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2011年夏の旅(8)  モンプリエ [2011夏パリとフランス南西部最後はザルツの旅]

7/26(火) モンペリエ(サン・ギレーム・ル・デセールの半日観光)

フランスについてからはモンプリエまで6泊が単泊移動だったので、ここモンプリエでは3連泊と、ようやく落ち着けます。パジャマやジーンズの大物も洗濯できました。

 さて、昨夜から手配を頼んであったタクシーが9時に迎えにきてくれて、出発です。いままではひとつの教会に時間も費用も多くを費やすことはなかったのですが、サン・ギレームはぽつんと孤立した名教会なのでしかたがありません。
ハイウェイは100Kのスピードで飛ばしても片道に1時間かかります。なので、見学は結局1時間しかとれなくて、やや不完全燃焼でした。

↓ 悪魔の橋も道すがらちょっと覗いただけで通過。11世紀初めに建てられたフランス最古の石橋。

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モンペリエから北に55キロのサン・ギレームは村自体もこじんまりと美しい。「フランスの美しい村」に登録されています。民家の建物と教会は赤褐色の屋根や淡い白茶色の壁が同じです。糸杉の緑がアクセント、それに背後に迫る山の岩肌とが相乗効果で特別な景観を作っています。

↓ 村が見えてきました。道端には小さな泉。巡礼者も喉を潤したでしょう。

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↓ 村の入り口の駐車場にタクシーを待たせ、村へ。教会前の広場。

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Ancienne Abbatiale Saint-Guilhem le Desert  カロリング朝の武将だった聖ギレーム(ギョームのオック語)は8世紀の末イスラムとの戦いで武勲の誉高く、宮廷の重鎮でもあったのですが、9世紀初めに宮廷を離れ、この谷の奥に修道院を創建し修道士として生涯を終えました。ロマネスク聖堂の中でも別格の由緒正しい古い歴史を持っています。その後の聖ギレームにまつわる伝説から『武勲詩』が流行し、巡礼者が多く訪れるようになりました。

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↓ 教会の正面。扉口と小さなナルテックスは12世紀後半。

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↓ ナルテックスから広場を見ると、プラタナスの大きいこと!

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↓ 教会内部は三廊式、角柱の大アーケード。かすかな光が後陣からと側廊上部の小さな窓から差し込みますが、かなり暗いのです。フラッシュは遠慮しました。装飾がなく簡素な初期ロマネスクらしい空間です。

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↓ 南扉口から11世紀の回廊へ。オリジナルは2階建の修道院回廊だったのですが、フランス革命で破壊され、現在は1階の北と西だけが残っています。4月にNYのThe Cloistersで観てきたばかりの買い取られ移築された回廊の繊細優美な柱頭彫刻が目に浮かびましたが・・・なぜかマッチしません。その筈です。NYのものは12世紀末に増築された2階の部分なのです。

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↓ いかにも初期ロマネスクらしい下心アーチの連なりが美しく、旅で疲れた心身もなごむひと時でした。

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↓ この回廊の西側に小さな石博物館があります。下の写真は回廊東の一部分です。

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係員のかたがいろいろ説明してくださるのですが、時計を見ると残された時間がありません。「タクシーが待っています~!」と失礼して、クリプトへの階段まで行きましたが、真っ暗で照明の場所も分からず、あきらめ。外に出て右の民家の間の階段を駆け抜けて、後陣へ。

↓ 北の小祭室と直接繋がっているアーチ門

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↓ 中央の大きな後陣。上部の半円アーチの柱廊がおおらかなカーブを描いて、他のロンバルディア帯とのハーモニーが素晴らしい。

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↓ ショップのディスプレーも「フランスの最も美しい村」にふさわしく素敵!

http://www.les-plus-beaux-villages-de-france.org/fr/saint-guilhem-le-desert-0

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ここで、時間切れ・・・モンプリエに戻り、↓ ファーブル美術館で降車しました。予定通りぴったり12:00で、150€のタクシー代を払い、親切で感じの良い運転手さんとお別れ。

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↓ ルドン展@モンプリエ・ファーブル美術館

モンプリエでは音楽祭もさることながら、ファーブル美術館でのルドン展も楽しみでした。

予想以上の規模の大きい特別展です。オルセー、プティ・パレ、オッテルローなどからも出品されていて、ルドンの画歴に影響を与えたE.A.ポー、ゴヤのなどコーナー別になっています。ここのコレクションのドラクロワやクールベなども含め2時間ほど観て歩くと、午前の遠出もあってクタクタ。。。

オディロン・ルドン ODILON REDON(1840-1916)  フランス象徴主義の画家。初めはロマン主義的な油彩画から木版画やリトグラフによる「黒」の世界に没頭。眼球、首、怪物などをモチーフに幻想神秘的な作品を制作。ユイスマン、マラルメらの象徴主義文学者たちによって評価され、その後1890年頃からパステル、油彩による豊麗な色彩で花、女性、神話画などを描く画風に変った。

ファーブル美術館はカメラ禁止のため絵葉書です。

↓ ルドン「青の横顔(黄金の庵室)」(部分)1892または1893 30×24.7 ロンドン大英博物館

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↓ ルドン「ゴーガンへのオマージュ」1903-1904 個人蔵 32.5×38

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↓ ルドン「青い壷のアネモネ」1912頃 63.8×2.6 パリ/プティ・パレ美術館

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↓ クールベ「クールベさん、こんにちは」(部分)1854 ファーブル美術館129×149

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↓ アングル「Stratonice et Antiochus」1866 ファーブル美術館 61×92

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↓ 遅いランチは美術館に併設されたレストランで。

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 海老や野菜のたっぷりのパスタ。こう言うお皿がお昼にはピッタリ。デザートも美味でした。ただ、サービスがいまいち。凄く繁盛していてサービス係も大変だとは思うけれど。。。

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ここからも徒歩数分の宿に戻り、洗濯と仮眠。
♪~Festival Radiofrance
RECITAL M.J. PIRES    Katia et Marielle LABEQUE, poanos & thierry BISCARY,jamixel BEREAU,Xan ERROTABEHERE,chants et oercussions basques

Opera Berlioz/Le Corum20:00  25€

 今夜のピアノの演奏会はピリスが体調が悪くキャンセル。ラベック姉妹とバスクミュージッシャンの打楽器、笛、歌の共演になりました。ラベック姉妹は初めてです。イメージ作戦なのか、彼女たちの趣味なのかわかりませんが、まるで若づくりなコスチュームは似合ってるとは言いがたい。演奏は二台のピアノなので、それなりに迫力はあるのですが、心に響くものがありません。二部になってからのバスクMとのラベルのボレロは面白い取り合わせでした。珍しい楽器を使い、観客も巻き込んでの熱演に大拍手!急な代役ですから、合わせるのも大変だったことでしょう。ご苦労様のねぎらいの拍手も多かったようです。

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ピリスは札幌の演奏会にも震災のためキャンセルで、聴けなかったので、縁がないのですね。体も凄く細いし,病弱なのかしら?

昨夜は夜遅くの塩辛いパスタが胃に悪かったらしく、夜中に逆流性胃炎のような症状で目が覚め胃薬を飲むはめになったので、今夜はランチも遅かったし、部屋でおせんべいを齧っただけで就寝。


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2011年夏の旅(9) モンプリエ [2011夏パリとフランス南西部最後はザルツの旅]

7/27(水)  モンペリエ(マグローヌ)

今日はこの旅一番の苦行が待っていました。朝からかんかん照り、その暑さのなかモンペリエの南、海岸沿いの中洲に建っているMAGUELONEの修道院を訪ねたのです。

まず、ホテルの前のコメディア広場からトラム(往復2.5€)に乗って、

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マグローヌ行きのバス停のあるRives du Lez駅まで行きました。15分くらい。ところが降りたらすぐ見つかると思ったバス停がありません。通りを歩くひとにこのバス会社の時間表を示して(NETでチェック済み)尋ねること5人目でようやく。。。トラムの停留所から見える筈がなかったのです。建物をくぐり抜けた処に32番のバス停がありました。

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夏の帽子を被ってきて正解でした。陽射しが強く、サングラスも離せないほど。10:10時間どうりに現れたバスで30分くらい走りますとモンプリエの南16Kほどの街Villeneuve-les-Magueloneに到着。ここから修道院行きのプティ・トランが走っていると思い込んでいたのが、まず第一の失敗でした。村の中心はあっちと指差す運転手さん。まあ、降りて歩けば分かるでしょうと、のんきに構えて歩き出しますと、街角の看板に「12世紀の教会」を発見。標識に従って行って見ました。

↓ Eglise Villeneuve-les-Maguelone  創建は12世紀の初め。現在残っている内陣、身廊の柱は当時のもの。17世紀から19世紀に改築されています。村の教会として使われていますので、明るく壁なども塗られていますが、外壁の荒い石積が素朴なお堂です。

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計画していなかった教会ですが、こうして偶然に訪ねるのも自由な旅の醍醐味です。

教会の前の広場にはこの教会にぴったりの古いカフェ

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↓ それに朝市

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↓ 平べったい桃が珍しい。この後ナルボンヌで食べましたが、普通の桃と同じに甘くて瑞々しい味でした。

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さて、プティ・トランは何処?と尋ねますが、ここから出ていないようで、さっぱり分かりません。モンプリエでも地元の人でも分からなかったし、ここもかぁ~と仕方なく、道を戻り駅へ行けばなんとか分かるのでは?と歩いていましたら、バスが止まり先ほどの運転手さんが声を掛けてくれました。修道院へのプティ・トランが見つからないといいますと、乗りなさいというゼスチャーです。村の外れのようなバス停で停まり、ここからあの道を歩いて1Kというのです。1Kくらいならなんとかなりそうとお礼を言って降車。歩き始めましたが・・・

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その遠いことといったら1Kではなく途中の看板では1.5K!サンダルの許容限度が2K程度ですからここまででもう足が痛くなってきました・・・とほほ。プティ・トランの姿もまだ見えません。

↓ 海の中の1本道に入り、左右の素晴らしい景色。フラミンゴも群れています。

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↓ あ~ようやく!門の向こうに修道院も

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↓ ところが近いように見えても、途中に開閉式の桟橋があり船が通過するまで少々待たされ

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↓ 橋を渡ってようやくプティ・トランが・・・これに乗ればすぐ向こうに修道院も見えるのだからと思ったのですが

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↓海水浴場にはストップしましたが

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↓ プティ・トランのおじさんが修道院はここから1.5K歩くんだよ。あそこの道をと指差すのではありませんか~うっそーと心の中で号泣ですが、ここまで来て引き返すわけにはいきません。心で泣いても顔はにっこり。余裕を見せて、浜辺で遊ぶ真っ黒に日焼けした元気な男の子たち(背景は修道院)を写真に収め、覚悟して歩き出しました。

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しかし、にわかに雨雲が垂れ込めて・・・すぐそこに見えても水路と葡萄畑の柵で直接入れないので、遠回りなのです。

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↓少し修道院に近づいてきました。不幸中の幸いで雨はぽつぽつで、この後は晴れてきました。

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↓ この修道院が昔から葡萄栽培をしていたのでしょう。広大な敷地の葡萄畑の集積のため古い2棟の建物が使われています。その前に自動車が並んでいて、あれれ!自動車道は反対側の町から続いているようです。私のように歩いたり自転車で来る人以外はそちらの道から車で簡単にここに来れるのです。

Ancienne Cathedrale Saint-Pierre de MAGUELONE 

湿原と海の間にある小島のマグレーヌ修道院は6世紀には存在していたと、中世の教会史では良く知られていました。 11世紀と12世紀には王家との権力争いの時代に、この修道院を避難場所として考えていた教皇たちがいました。6世紀のヴィシゴート時代、続く7世紀のアラブ時代と破壊を受けました。最初のカテドラルは11世紀の初めに放棄されましたが、1030年にアルノーが司教座につきこの見捨てられた小島に戻ってきて、11世紀の半ばごろに新しい修道院が建てられました。現在の教会のトランセプトの南アームと身廊の間にある塔はその頃のものです。広大で堅固な教会は12世紀にアルノー司教のカテドラルとしてもとの場所に建てられたのが始まりです。内陣とトランセプトそして身廊と2人の司教時代に分けて12世紀の初めから終わりまで建設され、孤島の要塞として完成し、12世紀のサラセン人の攻撃にも耐えました。

↓ 西正面扉口。 左の壁は半壊したエヴェックの塔(12世紀末)

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↓ 右の聖オーギュスティンの礼拝堂が一番古く、1030~1060年に建てられたもの

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↓ 入り口付近から。上階のトリビューンのため天井が低くなっています。

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↓ 上階から見た後陣

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木々に囲まれた教会はゾディアックにも写真が載っていましたが、古めかしさが残っています。ほとんどのロマネスク聖堂のようにゴシック期やその他の様式は混ざっていないせいもあり、シンプルな構造。いかめしさとともに深遠な雰囲気が漂っているところが、ここの魅力でしょう。

↓北トランセプトから階段を昇って、上階のトリビューンへ。

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↓ 窓の内側アーチを支える柱頭にいくつか彫刻は残っていますが、かなり磨耗していて、暗いこともあり良く写りません。

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とっくにお昼は過ぎています。教会の前に小さなカフェがあり、外のテラスでひとまず麦酒。キッシュとコーヒーもいただいてようやく人ごこちがつきました。ここで採れるワインは有名なのか、カフェの横が売店になっていて、観光客が何人か寄っていきます。

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さて、また今来た道を戻らなければなりません。時間を一応計算してバスの時間まで大丈夫と思って出発したのですが、疲れと足の具合が悪く思ったように早く歩けません。途中のプティ・トランもタッチの差で置いていかれ、待ち時間が。。。

↓ ようやく来ました~早く早くと焦ります

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午後の日差しが容赦なく照りつけます。そのなか我ながらよく頑張って歩きました。バスももう無理かなと思うギリギリの時間にバス停に立つと、直ぐにバスが現れた時は本当に嬉しかったです。ここで置いていかれたら後1時間は何もない住宅街のようなところで待たなければならなかったのです。

よろよろ状態でホテルに戻りました。びっくり!つばの広い帽子を被っていたのに顔も首も赤く陽焼け。。。海辺だったから陽射しが強かったのです。合わないサンダルで結局8キロは歩いたことになります。


疲れ果てて、今夜の音楽会は無理かもと倒れるようにベットへ。でもグッスリ睡眠2時間ほどとれて、目がさめると意外に元気です。シャワーして着替えでかけました。

↓ 賑やかな夕方のモンプリエの通り

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♪~festival radiofrance

Giuseppe VERDI 『I Masnadieri 』
Version concert.

Orchestre National de Montpellier Languedoc-Roussillon
Chœur de la Radio Lettone

Antonino Fogliani, direction

Amalia:Olga Mykytenko, soprano

Carlo:Alfred Kim, tenor

Massimiliano, Moser:Ruben Amoretti, basse

Francesco:Nicola Alaimo baryton

ヴェルディの群盗は今まで聴いたことがなかったので、良いチャンスでした。予習はCDとBowlsさんに貸していただいた映像はテオドシュウとばっちり!音楽はヴェルディのパリ滞在の時の作品。他のオペラからの転調もあるせいで、オリジナリティは薄いものの、ヴェルディらしい熱血が若々しく感られ、良い演奏でした。
コンサート形式なので、休憩を挟んで3時間ほどで終了。

歌手の交代が一昨日のセミラーミスに続いてあり、ピリスのキャンセルといい
やや問題の残るラジオフランスの運営?今年は特別だったと思いたいです。

指揮者は見たことがあり、何処かで聴いているかも。。。覚えていませんが。
筋書きも兄弟で王位と女を争うというシンプルな筋書き。ここの合唱も揃っていて、ヴェルディらしいコーラスを堪能。テノールのキムは初めて聴きましたが、私好みの美声とは言えませんが、よく伸び、はりのある声は勇壮な緊張感も表現して良かったです。

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ヴェルディと言えば再来年2013年が生誕200年とのこと。丁度私も古稀を迎える年です。きり良くヨーロッパ独り旅をこの年で終了しようかな~。その時はイタリア各地の劇場で色々な演目を上演すると思うので、楽しみ!シモンボッカネグラとシチリアの晩鐘が観れたら良いな~。

そんなことを企みながら、まだまだ賑やかな広場を抜けて宿に戻りました。暑いお湯をポットに貰って、カップラーメンの夜食。

↓ コメディア広場から駅方向

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マグローヌ修道院への訪問が予想外の苦行だったため、帰途見学予定だったホテル近くのラングドック博物館へは行けませんでした。サン・ギレームの柱頭彫刻などもここに収蔵されているとのことです。ここもまた来いってこと?モンプリエに泊まると、セトやべゼールに日帰りもできますし・・・。でも、

↓ MAGUELONEにはもう行きませんよ(青線は徒歩)

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2011年夏の旅(10)  モンプリエ~ナルボンヌ [2011夏パリとフランス南西部最後はザルツの旅]

7/28(木)  モンプリエ10:24~ナルボンヌ11:27

Hotel la Residence 1泊(105€ 朝食別8.9€)

3泊したモンプリエのNewhotel du Midiともお別れです。↓ホテルはクラッシクなテアトルのオペラ・コメディの左隣(写真ではちょっと引っ込んだ真ん中の建物)

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↓ イサム・ノグチ?の和風ペンダント照明がフランスの宿では珍しい

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朝の雨も上がって、駅まで徒歩。ほとんど買い物はしないつもりでも、パンフや小冊子類が増え、荷物が重くなってきて、しんどい・・・。

各駅ではほとんど自動販売機を使いカードで精算しました。地方のterはセカンドクラス、遠距離のTGVはプルミエクラスと使い分けました。SNCFのHPで予約したのは旅の始めのパリからボーヌまでだけ。シニア・カードというものがあるのですが、何度か申し込みしたのですが、失敗します。フランス在住者だけなのでしょうか?

モンプリエからナルボンヌの途中には最後まで迷ったセトやベゼールがあるのですが、荷物を抱えての観光は無理と思い、パスしました。
ナルボンヌの駅から旧市街のホテルまでタクシーで。7eur
まだ部屋の準備ができていないので、荷物を預けマップをもらい早速市内観光へ。

↓ インフォメーションや主な建物やカテドラルのある大きな広場もすぐ近く。

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↓ 運河の上に跨った建物の並ぶ小路を抜けて、

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川沿いの賑やかな青空市場を通り抜けると、カタルーニャでよく見かけた市場のクラシックな建物、そのむこうにナルボンヌで一番古い教会が見えました。

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市場のなかにも入ってみました。魚屋さんには牡蠣やムール貝、小イカ、かじきまぐろも。。。丁度昼どきですから、オリーブ屋さん,チーズ屋さん、ワインのいっぱい飲み屋さんなど見ただけで、お腹がぐぅ~。

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でももう少し我慢しましょう。隣の教会へ入って見ました。ここは美術館になっていて、丁度映像のショーがはじまりました。有料。こういうのは観ないで自由に見学したいのですが。。。身廊の内部を暗くして壁にこの町やこの教会の歴史やキリスト教、カタリ派などの物語らしい映像が映し出されます。30分ほどで終わり後は自由見学です。一緒に見ていたのはひとくみの家族ずれと私だけ。
明るくなった教会内部に、ロマネスクの彫刻があるのではとの期待は見事に外れ、古代ローマ時代の都市だったころの浮彫(何故か牛が多い)がほとんど。
今年の2月に訪れたタラゴナを思い出した。同じようにローマ帝国のフランクやイベリア侵略の拠点になった都市なのです。そして同じようにロマネスク期のものが残っていないという共通点。。。中学生くらいの男の子が、熱心に観ていました。ご両親はとっくに飽きていたようですが。。。

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ここの教会の扉口のタンパンを縁取るヴシュールはニューヨークのクロイスターズで見た記憶がありますが・・・。

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ランチはこの教会の前のレストランで。小いかのタリアテッレサラダは最高に美味しかった!

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偶然入った店ですが、夕食の時お魚の美味しいレストランは何処?とホテルのマダムに言ったら、ここのレストランを紹介されました。

さて,ホテルに戻り部屋でひと休み

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 4時にタクシーを呼んで貰って、フォンフロワド修道院へ。約30分で到着。途中コルビエール山脈と呼ばれる山間の道を走りますと、山の上に廃墟のお城が見えました。多分カタリ派の居城だったところでしょう。

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この地方はカタリズムの国ペイ・ ド・カタリエムという宣伝文句のついたパンフレットが何処へ行っても目立ちました。中世の宗教戦争の悲劇も今や観光に利用されているのです。堀田善衛の『路上の人』を読むとあのころに生きていた人々の純粋な神への想いや葛藤の激しさ、その悲劇には胸をつかれました。

さて、このような閑静な地に修道院は建っています。シトー派の修道院としては今はかなりな人気があります。モンプリエで開催されていたルドン展で、この修道院の図書室にルドンの描いた壁画があり,現在特別拝観ができるとのこと。予約のメールをモンプリエから送ったのですが。。。返事を確認しないまま(ツメが悪いのが露呈)に来てしまいました。インフォメーションでは名前が載っていないとのこと。。。今日はもう満員だし、グループで1人のガイドがつくから個人では難しいようです。

Abbaye  Fontfroide   ナルボンヌから南西に15K、コルビエール山脈の深い峡谷に隠れるように建って居ます。11世紀の終わりには修道士たちがすでにこの荒地に住んでいました。シトー派の女子修道院として1146年に所属した後、5年のうちにフォンフロワドはカタルーニャのポブレ修道院をライモンド4世の要請で創設。初期の後援者はルッションのジェラール、アラゴンのアルフォンス、モンプリエのギレーム、トゥールーズ公そしてべゼールの子爵でした。1157年にはほとんどの重要な寄付がされました。12世紀の終わり,異端のアルビジョワ派がラングドック地方に混乱を巻き起こし、フォンフロワドは正統派の防衛として残りました。ピエールとラウルの二人の修道士は1199年に教皇イノセント3世に異端と戦うことを任ぜられ、ピエールはトゥールーズ公の兵士によって陥落。殉教者となりました。その後も幾多の困難が修道院の荒廃を招きました。20世紀になりリノべ-ションが始まったのは、画家ルドンの後援者Fayet家が買い取ってからです。ルドンは友人でもあったGustave Fayetのために1910-11にかけて、2点の壁画パネル「夜」と「昼」を制作しました。

教会の建物は12世紀の終わり、回廊は13世紀末から14世紀初め、チャプターハウスは12世紀末から13世紀の建築です。

↓ 修道院の入り口

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図書室のルドン鑑賞というせっかくの好機を逃しがっかりしつつ、修道院内のガイドツアーが始まると言うので、それに参加することにしました。

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↓ 談話室

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↓ 回廊

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↓チャプター・ハウス

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30分おきにスタートなので、そう長くかからないと思ったらたっぷり1時間半になっても終わらず、タクシーを待たせているからとガイドに断って途中で帰ろうと入り口に戻りました。ところがツアーが出発する門に鍵がかかっているではないですか!焦るけれど、係の人が来るまで出られません。数分待ってようやく新しいガイドツアーが入ってきて、チョット待って!とようやく外へ脱出。1時間くらい待ってと言っていたので、もうタクシーは帰っちゃたかとドキドキ。。。でも、待っていてくれました。お金も払っていないものね~。2時間半で100eur。

夕食はホテルお勧めの近くのレストランへ。ここはカタルーニャ風の薪のグリルの店。前菜をパン・デ・トマト(ハムがどっさり)主菜を海老のグリルにしました。味はまあまあ。

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さて、明日は初訪問のカルカッソンヌです。


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2011年夏の旅(11) ナルボンヌ~カルカッソンヌ [2011夏パリとフランス南西部最後はザルツの旅]

7/29(金)  ナルボンヌ11:51→カルカッソンヌ12:20

Best Western le Donjon 1泊 159€(朝食含む)

 朝食の後、ロテル・ド・ヴィル広場の市庁舎の建物のなかにある博物館(Musee Archeologique)の見学。ここにも古代ローマ時代のものから13世紀に飛んでしまって、ロマネスクのものは見当たりません。少々がっかりですが、運河のある旧市街やいきの良い市場の風景など住みやすそうな街での滞在は楽しい想い出になりました。隣接のカテドラル(ゴシック1272~1332築)も見学しました。

↓ 博物館の展示室(宮殿の礼拝室だったところのようです)写真禁止を知らなくて・・・撮った貴重な一枚(笑)

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↓ 博物館とカテドラルの間の中庭

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↓ ゴシックの中で唯一好きなものはカーゴイル。ここのもかなり面白い。

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↓ ナルボンヌのカテドラル 後陣の高さは41M!削られた聖女たちの顔が痛々しい・・・。

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 昨日に続いて朝からギラギラ太陽が照りつける夏らしい一日になりました。ホテルに戻り、チェックアウト。ここの宿の可愛い2匹のわんちゃんともお別れ。朝ごはんは不味かったけれど、家族経営なのかマダムの温かい応対もあり、良いお宿でした。

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↓ ナルボンヌのホテル

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 列車でカルカッソンヌへ。カルカッソンヌ駅前のタクシー乗り場は100Mほど向こうにあります。シテと呼ばれる城壁内のホテルまでタクシーで。タクシーはシテのなかにはいれないそうで、運転手さんがホテルに電話してくれるシステムになっています。入り口ゲートにつくとすぐホテルの小型車が迎えに来てくれました。イタリアのシエナ並の人波と細い道という運転手さん泣かせのルートを走って、到着しました。乗ってるほうもヒヤヒヤ。

↓ シテの入り口

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カルカッソンヌ宿はシテのど真ん中のロケーションが素晴らしいホテルです。まだ部屋の用意が出来てないので、荷物を預けランチへ。ホテルのすぐ向いにあるクレープリー(2階)で、ガレットとビール。トゥールーズのソーセージが入っていて美味。

↓ クレープリーから。左が今夜の宿。

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視線を感じてふと斜め後のテーブルを見ますと、日本人のシニアのご夫婦とフランス人の子供連れのカップルがこちらを見ています。お互いに「こんにちは!」。筑波でご主人の勤める企業の研究所に来ていたフランス人を尋ねて、来仏されたそうです。ご主人は岩見沢のご出身で道産子同士でした。この後の日程はザルツブルグでも同じ日に滞在することが分かって、またお会いできると良いですね~とお別れ。
そうそう、このときipad の話になって、フランスはほとんどwi-fiがフリーで良いですね。と言ったところご主人もipadを持って来たのに繋がらないと困っていました。海外ローミングサービスには入会しなければと一応偉そうに忠告(笑)

ランチの後はレセプションにタクシーを4時に頼みますと、やはりゲートのところで待っていてくれるとのこと。それまでは散策しながら、道に迷いながら実際は10分のところを30分もかかって下っていきました。早めに出て良かったです。カルカッソンヌのタクシーは時間を守るし、料金も良心的。そして観光地にありがちなすれたところもなく、親切でした。

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↓ サン・ナザール教会Basilique St-Nazaire 1006年に創設されましたが、現在は当時のものは残っていません。見学の時間もなく結局は外観を眺めただけです。

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↓ 到着したときの門(Porte narbonnaise)の外でタクシーを待ち

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 カルカッソンヌの北西にあるRieux-MinervoisとCaunes-Minervoisのふたつの教会を訪ねました。

リョー・ミネルヴォアRieux-Minervoisはカルカッソンヌから26K。ボートが航行するミディ運河や夏の花が飾られた小さな村などを通過して30分ほどで到着。バスもありますが学校が夏休みなので、便が少なく結局タクシー頼みになってしまいました。

↓ Rieux-Minervois(Eglise de L'Assomption de Notre-Dame) 12世紀に建てられたロトンド円形スタイルの聖堂は聖母の被昇天教会と呼ばれ小さな村にひっそり建っています。入り口左の建物にインフォがあり、入場料を払います。

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↓ 正面扉口

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↓ 中央に祭壇があり、7本の柱で囲まれています。その外側の周歩廊に沿って15世紀に6つのチャペルが付け加えられました。

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↓ ロマネスクの柱頭彫刻はチャペルの入り口に位置しています。なかでも必見はカベスタニー作と言われる「聖母マリアの被昇天」。聖母の素朴な優しさ。すっと伸びた手の大きさと指の長さ。P1040400.JPG

周りの天使はあまり可愛いとは言いがたい無骨なカベスタニー独自の様相ですが、アーモンド型のマンドーラを支える手、指が長くて華奢です。

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元の道を5Kほど戻りコーヌ・ミネルヴォアCaunes-Minervoisの村に入ります。教会の手前に大きなインフォがあり、ここで資料などもらい横の道から辿ります。

 Eglise St-Pierre    原初は780年頃カロリング時代には存在していましたが、現在残っているのはロマネスク期の鐘塔と後陣で、ゴシックの玄関口と身廊です。ほかは改築が続き、回廊も17世紀のものです。

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↓ 美しい後陣外観です。 今夜はコンサートがあるらしく準備の最中。P1040416.JPG

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コーヌの赤いマーブルと呼ばれる大理石でこの町は潤ったのでしょう。中世、ルネッサンスの名残や14~17世紀の館などもいくつか建っていて、城壁で囲まれた美しく落ち着いたヴィレッジですが、ゆっくりする暇もなくカルカッソンヌに戻りました。

丁度6時に元のゲートに到着。タクシー代は2時間で100€でした。

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夕食はホテルのレストランで。これは失敗でした。人が入っている割には美味しくなくて。。。前菜のガスパッチョは美味しかったのですが、次のパスタがぐにゃぐにゃで食べられたものではありません。

窓から次第に暮れていくカルカッソンヌの眺めを楽しみ。就寝。

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2011年夏の旅(12) カルカッソンヌ~トゥールーズ [2011夏パリとフランス南西部最後はザルツの旅]

7/30(土)  カルカッソヌ13:30→トゥールーズ14:18

Hotel Des Beaux Arts 3泊(150€×3/朝食別14€)


カルカッソンヌの朝ご飯は中庭で。フランスは地下の朝食室が多いので、爽やかなそよ風のなか気持ちの良い朝食をいただきました。ビュッフェの内容もベストウエスタンらしく充実しています。

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ここで日本人の若い女性ふたりに会いました。カルカッソンヌのカテドラルで今夜パイプオルガンの演奏をするとのことでしたが、もう今日は移動なので聴きに行かれません。残念。
札幌のコンサートホールにフランス製のパイプオルガンがあることは、さすがにご存知でした。札幌も毎年フランスから1年契約でオルガニストを呼んでいますが、そろそろ若い日本の方にバトンタッチしても良いのではないかと思います。親戚にもパイプオルガンの奏者と卵(笑)が居ますけど・・・。

↓ ホテルのロビー

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朝の散歩はお城まで。すでに10時でしたからチケット売り場は行列が出来ていました。

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↓ 壕の外から眺めて終わり・・・

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宿に戻り、11時にチェックアウト。小型車に乗ってゲートまで送ってもらって、ここで予約していたタクシーに乗り替えて、サン・チレールまで。

サン・チレール(AUDE)はカルカッソンヌから南に20分程の距離です。入り口を入ると回廊に面してチケット売り場を兼ねた小さなショップがあります。

L'Abbaye Saint-Hilaire 

教会自体は13~14世紀の建築ですが、創設は825年。13世紀の終わりまでカルカッソンヌ公によって保護されていましたが、アルビジョア十字軍によって修道士の異端を告発されたため自治権を失い他のブラザーズに合併させられました。その同時期に修道院は異端派による破壊を受けました。1246年にカタリ派をサポートしていた罰で、没収されていた土地と修道院が返還されました。しかし、代々の教皇の覚えは悪かったようです。そんな逆境のなかで僧たちは1531年にBlanquette(ラングドック地方産の発泡性白ワイン)を初めて造りました。それによって16世紀にはこの修道院は賞賛され、大きな経済的困難から脱出できました。革命後の18世紀の終わりには修道院の外部の建物や財産は売却されましたが、19世紀にAUDE県が修道院の周囲の建物なども買い取り、保存管理しています。

ここで観るべきものはカベスタニー作の石棺彫刻です。貴重なものなので、遠くからしか観られないのかもとの予想はハズレ、至近距離で鑑賞できました。舐めるように(笑)観られて、写真もパチパチ・・・素晴らしい!今回の旅でも最高に印象的な彫刻になりました。

↓ 入り口は小高いところにあります

 

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↓ 回廊(14世紀)

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↓ 「サン・セルナンの石棺」(右半分)教会の南袖廊の小さな祭室に飾られています。

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↓ 左半分

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↓ 後陣は12世紀

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そのままタクシーにはカルカッソンヌの駅まで行ってもらいました。70eur(2時間弱)
予定の列車の出発まで時間があるうえ、ウィークエンドとあって軒並み遅れがでていますので、次の列車に乗車。いよいよラングドック・ロマネスクの最終地トゥールーズに到着。駅からタクシーでガロンヌ河に面したプチホテルへ。古い建物なので、床がぼこぼこ。部屋も狭いけれど、リクエストした通り河側の部屋。河岸の木の緑が豊かで、河自体はあまり見えません。

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ここで3泊できるし、ほっとしたのかかなりの疲労感。それでも予定どおりオーギュスタン美術館は徒歩数分と近いので、休憩後行ってみました。
美術館の隣に簡単な持ち帰りもできる寿司ショップ。遅い昼ご飯をここで済ませました。

↓ アボカド巻とキャベツの酢漬&懐かしのアサヒビール!

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↓ Musee des Augustineオーギュスタン美術館は13年ぶり!

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オーギュスタン美術館はゴシックもありますが、体調を考えると無理なので、ロマネスクの部屋にまっしぐら。

↓ 元修道院だった回廊と中庭。13年前と同じほっとする空間でした。

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↓ ロマネスク彫刻展示室の入り口にあった姦淫の罪のシンボル「女に蛇」(Haute-Garonne)

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↓「獅子の穴のダニエル」(Notre-Dame de Daurade)

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↓ 「磔刑」(Notre-Dame de Daurade)

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↓ 「聖母子と四福音書記者のシンボル」(L'Abbaye saint-pons de Thomieres)

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↓「ヘロデ王の宴、サロメ」(Saint-Etienne)

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↓「洗礼者ヨハネの斬首」

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↓「ヘロデとサロメ」

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↓ 「エジプトのマリアの物語」(Saint-Etienne?)

 

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例の獅子を抱く乙女たちの彫刻は洗って綺麗になっただけでオリジナルです。

↓ 「獅子のシンボルと雄羊のシンボル」(Saint-Sernin?)

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もう一度見たいと願っていたサロメやエジプトのマリアにも再会できました。改めて他の素晴らしい柱頭彫刻群を鑑賞でき大満足で美術館を後にしました。疲れもですが足の痛さに閉口し、サンダルを新しく購入することも考慮し、商店の続く道を歩きましたが、こういうときに限って友人もお勧めのドイツ製のビルケンシュトックのが見つかりません。そのうち道に迷って、小さな広場(Pl St-Georges)にでました。カフェの賑わいにつられて、ひとまずクレープ屋さんで休憩。メニュー表ではすごく種類が多くて迷いましたが、洋梨のクレープをオーダー。炎でアルコールを飛ばすタイプで、10年くらい前にモン・サン・ミッシェルで食べたことを思い出しました。アルコール分の苦味が程良く残って美味。お店のサービス係の青年もとても感じが良く、また来たいと思いましたが・・・。

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↓ ホテル近くのアセザ館に寄って外観だけ見学

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↓ カフェもあります

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↓ ガロンヌ河畔にあった貸し自転車

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↓ ポン・ヌフ

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夕食はこのホテルの一階にあるレストランで。夕涼みの人達で賑わう河岸にあるので、かなり混んでいました。この店は13年前ツアーできたことがありました。今は経営が変ってFLOのチエーン店になっています。

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ここは海鮮が売りなので、生牡蠣と海老のサラダ。生牡蠣は美味しかったのですが、ボールいっぱいのサラダは食べても食べても減りません。はっきり言って不味いのです。

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ここも含めFLOは何処もあまり感心しませんが、アムステルダムだけは別格でした。ぜひ!アムスを見習ってくださいな。

足のトラブルや疲れもありますが怠け心もでてしまい、明日、明後日の遠出を縮小することにしました。明日は市内のサンセルナンをじっくり見ることにして、明後日をモントウバンとモワサックということに変更。タイムテーブルをチェックして就寝。


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2011年夏の旅(13) トゥールーズ [2011夏パリとフランス南西部最後はザルツの旅]

7/31(日)   トゥールーズ

朝はゆっくり大物の洗濯をしたりで過ごし、10時半過ぎに外出。キャピトル広場を経由してサンセルナン教会までを歩きました。

↓ キャピトール広場/市庁舎の広壮な建物。向かって右側にテアトル・ドゥ・キャピトル(オペラ劇場)

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 ↓ 來シーズンのポスター。ロシア出身の若手指揮者Togan Sokhievが音楽監督を務めています。

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↓ 市庁舎の中央 観光客も見学できますが、今回はパス。

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季節の違いもありますが、13年前の秋に比べるととても賑やかです。キャピトール広場は日曜市がたちパン屋さんの大きなパンが目を惹きます。

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↓ 市庁舎と反対側の建物はカフェやレストランがが何軒も並んでいます。

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↓ 広場からはサン・セルナンの塔が見えます。

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↓ サンドイッチやアイスクリーム、ビストロなどの食べ物屋さんが軒を並べています。

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Basilique St-Sernan  250年に牛に繋がれて引き回され殉教したサン・セルナン(前日カベスタニーの石棺に彫られた聖人を見たばかり)の墓は巡礼の対象となって、5世紀初頭に礼拝堂が建てられ、9世紀には教会が再建されはじめ、徐々に12世紀前半まで建築は続いたようです。その後の革命時の略奪もあり、教会本体以外の回廊や付属の建物は失われました。この後の修復のためオリジナルな部分は限られてしまいましたが、巡礼教会としてはフランスでも最大級の規模。薔薇の街トゥールーズのなかでも中心的存在です。

赤煉瓦の聖堂は青空を背景に誇らしげに建っていますが、教会の回りは日曜市が賑やかに立ち、ミサも始まっていました。

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まずはここのロマネスクの大事なポイント、ミエジュヴィルの門をしばらく鑑賞しました。ここもすっかり綺麗に洗浄修復されて、初見のとき感じたオリエンタル色はかなり薄まってしまいました。黒く汚れていたときは石灰石かと思っていたのですが、大理石でピカピカ真っ白なので、まったく印象が変わってしまったのです。

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↓ タンパンは「キリストの昇天」

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↓ 持送りの「獅子を抱く女」

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ミサの邪魔にならないように、南翼廊の開いていた礼拝室へ。柵越しで眺められる祭壇や柱頭彫刻を見学しました。

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12時にはミサが終わり、北礼拝堂がオープン。周歩廊とクリプト(有料)を初めて見学しました。ツアーで来たときはミサの最中で入れなかったのです。ただクリプトにあるはずのサン・セルナンの殉教の浮き彫りは見当たりません。切符売りの人に聴いても当然?分からないと言いますし・・・。残念に思いながら絵葉書だけは購入してきました。

↓ 周歩廊

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↓ クリプト

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↓ 周歩廊の石彫パネル「荘厳のキリスト」

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↓ 右上の天使が可愛い。足元がソフトクリームのコーンカップのよう。

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↓ セラフィム

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北翼廊のギャラリーも、全然覚えていなかったので、壁画など写真を撮ったのですが、大半がぼけてしまいました。
↓ 4~5世紀の石棺(トゥルーズ伯ギレームの?)

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↓ 天井の中心は「神の子羊?」

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↓ 「墓に詣でる聖女たち?」

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↓ 後陣側の広場にも軒を連ねて出店が・・・これがギリギリのアングル。

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↓ シャツを柵に掛けて売ってるおじさん・・・文句も言えませんし。

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キャピトル広場のレストランでランチ。前菜盛り合わせとフォアグラ。お料理の味はまあ普通でしたが、ここの地元のロゼはとても美味しかったです。

↓ 中庭の席で食べる人が多いので、なかは空いていました。

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ここではみみっちくサービスの目を盗んでパンに残したフォアグラをはさんで、こっそりお持ち帰り。アメリカは残したものは当然包んでくれるのですが・・・フランスではみたことがありません。

↓ 帰り道にジャコバン修道院(左の建物)に寄って

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↓ 蜘蛛の巣のようなゴシックの天井を見上げ、

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↓ ゴシックの回廊も懐かしく

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↓ 涼みながら読書中のお嬢さんはちょっとお行儀が悪いです(老婆心)

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夕食はビールに先ほどのフォアグラサンド。今日も暑くて疲れました。早めに就寝。




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2011年夏の旅(14)  トゥールーズ [2011夏パリとフランス南西部最後はザルツの旅]

8/1(月)

 トゥールーズ9:56→モントーバン10:33/13:19→モワサック13:36/17:42→トゥールーズ18:32

昨日は市内観光のみで、疲労回復に努めたかいがありました。今日は元気に遠出し、今回の旅の最後のロマネスク巡りができました。まず、ホテルの近くから地下鉄でGare Matabiauへ。ここの地下鉄は初めて乗りました。3両編成で、最近札幌でも改造されつつある扉開閉式のスタイルですが、こちらは全面ドア方式です。

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トゥールーズからモワサック行きのリターンチケットがterの自販機ではでてきません。モワサックはラングドック地方に入らないからなのかは不明。窓口は行列なので、しかたなくモントーバンまでの往復を購入。18.4€


モントーバンの駅からアングル美術館までは1kほどの距離。タルン河にかかる橋を渡ると右に大きな館が見えてきます。

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↓ 反対の方向

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↓ アングル美術館(7,8月だけ毎日開館(他は月休)

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アングル美術館では予想より彼の作品は少なかったのですが、世界中に散らばったアングルの名作の数々、パリやNYで観た名画がここの落ち着いた佇まいの空間では、懐かしく思い出されました。

↓ 展示室  

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↓ アングル「博士たちと議論するキリスト」絵葉書です。

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↓ アングル「ゴンズ夫人の肖像」

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↓ アングル「アンジェリカを救うルッジェーロ」(小品)・・・同主題の大作はルーブルにあります。

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アングルの古代の壷やトルソのコレクションやデッサンの部屋を抜け上階に

↓ 思いがけず、マゾリーノの小品「聖ユリアヌスの伝説」(カルセネッキ祭壇画のプレデッラの一部)に出会いました。

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階段ホールにアングルが故郷の教会のために描いたと思われる祭壇画のポスターが貼ってあったので、受付で訊いてみました。するとすぐ近くだからぜひ!寄ってみてとのこと。美術館を出て右へ歩き2、3分。

↓途中にメリ(市庁舎)があり、ここに市内観光のインフォ。貸し自転車もあります。

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メリの前を通り過ぎるると白いバロック様式の大聖堂が建っています。祭壇に向かって左北側のチャペルにアングルの祭壇画があります。フランス新古典派の重鎮として、ラファエルの影響大の作品。DSCF6171.jpg

↓ 「ルイ13世の誓願」絵葉書です。

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元きた道を駅に戻って再びterのモワサック往復を購入。30分ほど時間があったので駅構内のカフェでサンドイッチとコーヒーのランチ。

サンピエール教会の近くを列車は過ぎて間もなくモワサック駅に到着。線路に沿った道を戻るかたちで1キロくらいは歩きました。

↓ サン・ピエールの塔が見えるので迷うことはありません。

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↓ 教会前の広場脇のインフォ。ここで回廊見学のチケットを買って

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Eglise saint-Pieree   創設は7世紀前半でしたが、アラブやノルマンの侵略を受けた後、11世紀にクリュニー修道院の傘下に入り、教会は12世紀に回廊も含め完成しました。13世紀初めのアルビジョワの戦いや14世紀に始まった百年戦争による破壊で、現在残っている建築当初の部分は教会入り口と中庭だけとのこと。

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早速回廊から見学。杉の大木が13年前よりびっくりするくらい大きさになっていて、てっぺんまで写真に入りきらないのです。2本と1本が交互に配置されたリズミカルな構成は見事なものと再認識。

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始めはインフォで買った解説に従って1本づつ見ていったのですが、途中で疲れてしまってギブアップ。ここの柱頭の説話のテーマは顔が破損していることもあって、難解なものも・・・ブルゴーニュのような明快さやユーモアに欠けていますが、緻密に刻まれた冠板を含めた柱頭彫刻のその格調の高さも好まれる由縁でしょう。対話形式の表現が多いのも修道士たちが回廊を巡りながら瞑想したり、お互いに問答したりという場面にふさわしく思われました。石灰石で刻まれた76の柱頭彫刻で飾られた回廊はフランスで最も美しいと言われています。

↓ 蔦の葉模様&パルメット

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↓ 炎のなかのヘブライの三青年&マンドーラの神の子羊を支える天使たち

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↓ 獅子の穴の中のダニエル&人間と動物の闘い

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↓ 上のダニエルの裏側。「ハバクのお告げ」&人間と動物の闘い

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↓ 「奇跡の漁り」&ドラゴン

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↓ 絡まる葉模様と動物&グリフォンとライオン

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↓ 受胎告知とご訪問&パルメット

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↓ 「聖ペトロの殉教」&花と葉模様、上部にMartyr?殉教の文字

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↓ 白い馬に乗ったキリスト(聖ヨハネの幻想)&絡み合う動物たち

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一回りした後は教会のナルテックス南側門の見学。昼下がりの夏の太陽がぎらぎら照りつけ、あまり長くは観ていられません。

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↓ 「荘厳のキリスト」四福音書記者のシンボルと24長老がキリストを囲んで、写実と神聖さが表現された、タンパン彫刻の傑作です。

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↓ 右袖壁

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↓ 右袖壁の上部

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↓ 傍のカフェでフルーツ・ミックスジュース(ビールではありませんよ)を飲みながら眺めました。

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↓ 子供たちにとっては教会の石段も遊び場所

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↓ ようやく汗も引きナルテックスの見学。預言者エミリヤも暑そうに伸びているよう~笑。

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↓ ナルテックス内部。身廊への入り口が三つ葉アーチなのはオリジナルなのかしら?

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教会内部は少しだけ観て、列車の時間の30分前に駅に戻りました。雲ひとつ無い快晴の夏の空にサン・ピエール教会が遠ざかっていきます。さようなら~。

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ほぼ定時に来た列車でトゥールーズに戻りました。明日のパリまでのチケットも自販機で購入し、メトロで3つ目の駅で降り、ホテル近くのイタリアレストランで夕食を済ませました。

↓ テラス席は満席ですが、なかは空いていました。

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↓ 好物のメロンとハムの前菜

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↓ 海鮮ピッツア(といってもサーモンだらけ)味は悪くありませんが、4人分くらいの大きさで、到底食べ切れません。

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トゥールーズの3泊も瞬く間に終わってしまいました。モワサックも充分に鑑賞できたとはいえませんが、ツアーでの初訪問が短時間だったため、再訪し不満を解消することは出来ました。スーツケースをパリに置いてきたとはいえ、13泊という地方周りは今までで最長でした。最後は息切れして予定のサン・ベルトランド・ド・コマンジュへの日帰りはカット。残念ですが、またのチャンスを待ちましょう。

今日も4~5Kは歩きました。とうとう合わないサンダルで通してしまいましたが、明日からは移動と音楽の旅がメインですから、これでなんとかしのげそうです。安堵と疲れで熟睡。

 

 

 

 

 

 


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